かたい身体とゆるい身体

 今から5年ほど前、学会で早稲田大学大学院の川上教授が筋肉に関するあるデータを発表し、それまでスポーツ界にあった常識が覆ったことがありました。

 川上教授はそれまでの研究から柔らかい筋肉と硬い筋肉の特性として柔らかい筋肉の持ち主は速筋と呼ばれる筋繊維が多く短距離向きの筋肉で、硬い筋肉の持ち主は遅筋と呼ばれる筋繊維が多いために持久系が強いから長距離向きと判断していたのです。
 ところがその年、世界記録を持っていたジャマイカのトップスプリンターを計測したところ、全くこの常識が当てはまらない結果が出てしまいました。その選手の筋肉は日本のトップ選手の2.5倍も硬かったのです。筋肉の硬い柔らかいで運動能力の特性は推測できない。これがその事実から教授が導き出した結論でした。

 体が硬いとは関節の可動域が狭いことに由来します。関節の可動域(動く範囲)を決めるのはその関節に付着する腱の硬さです。その腱は筋肉に引っ張られるので、腱の硬さは筋肉量に比例していることがその後の研究でわかってきました。筋肉が多くて腱をひっぱる力が強ければ、それに対応して腱も強固になるわけです。男性と女性で関節の柔軟性に性差があるのはこのためです。
 体の硬さは運動能力を測る物差しにはならない。運動能力の差は筋肉の収縮とそれにより伸張する腱の動きとの連動性が上手かどうかに関わっていることがこの一連の研究で解明されました。

 これまで体が硬くて肩身の狭い思いをした人はこれで少し安心したのではないでしょうか。硬いのは筋肉があるからで、その筋肉を活かせるようにトレーニングすれば素晴らしい運動能力が発揮できます。決してネガティブなものではなくこれはそのひとの特徴と言えるわけです。

 一方で身体がものすごく柔らかい人もいます。特別な努力もしていないのに関節が柔らかい。身体が人一倍硬い僕からするとなんとも羨ましい人たちです。

 日頃診療していて不思議に思うのが、こういった柔らかい人たちがなんでもないことで怪我をしてくることでした。普通、体が硬いと怪我をしやすいのでストレッチしなさいと指導されます。この理屈から言えば柔らかいなら怪我し難いはずですよね。ところが現実は違うのです。

 実はこういう人たちは関節弛緩と呼ばれる特徴を持った人たちでした。柔らかいというよりゆるい感じ。関節が動き過ぎるのでその関節を動かすために筋肉はより多くの伸縮を求められて怪我に至るわけです。こういう方たちのケガ防止はストレッチより筋トレです。より多くの筋肉をつけて関節の動きに勝つしかないのです。それなのに厄介にも関節弛緩のひとは筋肉が付き難いというもうひとつの特徴も持っています。ですからうちではこのことをご説明してサポーター類を使ってもらうように指導しています。関節が壊れないようにサポーターをつけて運動してもらい、筋肉をつけてもらう。これがゆるい人たちの怪我の治療や予防には必要なようです。

ですがこの柔らかい人たちにはものすごいパフォーマンスが出来る可能性があります。何しろほかの人には絶対不可能な真似できない関節の広い動きがあるからです。水泳でも野球でもサッカーでもダンスでも何でもです。だから怪我を治して是非頑張ってもらいたいと思います。

 子供から大人までスポーツを楽しむ機会が増えた現在、こんな知識があればもっとスポーツを楽しめるようになるのかなと思って体の柔軟性についてまとめてみました。この知識がご自身やお子さんたち、地域の人たちの可能性をもっと広げてあげられるきっかけになれば嬉しいです。


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