1990年6月9日に開業して丸25年が経ちました。正直ここまで長かったのか早かったのかよくわかりません。でも僕なりによくやってきたなあとは思います。
それで、今週は僕の飯の種であるはり灸が今現在までどのようにして伝えられてきたのか、その歴史に少し触れてみようと思います。
日本にはり灸がいつ伝えられたのかは実のところはっきりしていません。日本書紀にすでに記述されているそうなので、正式に法制化された飛鳥時代より以前から日本国内で行われていたようです。
その長い歴史を持つはり灸がこの近現代に入って2度も存亡の危機に合っていたことを皆さんはご存知でしょうか。
1度目は明治維新です。飛鳥の時代から江戸時代までずっと国の医療であった漢方と振興著しい西洋医学の覇権争いが勃発。このとき、かなりの数の漢方医が殺され、本も焼かれたそうです。
明治以降の漢方の凋落はすさまじく、僕が学生だったころに業界雑誌に載った110余歳の先生(維新前後のお生まれ)の話しによると、粛清後は修行しても食べることが出来なかったので、食べるために旅に出て、各地で治療をしてそのお駄賃としてその日の夜露をしのぐ部屋と食事を恵んでもらって生活していたそうです。
2度目は第2次世界大戦敗戦後のマッカーサー統治時代です。
はり灸などという野蛮な行為は禁止にするべきだというマッカーサーの指示(彼の言動かどうかは定かではありませんが)でGHQが使用禁止処置にしようとしました。
このときは京都大学の博士たちがはり灸に関する論文を提出して科学的根拠を示し、決して野蛮な行為ではないことを訴え、何とか禁止処置を免れたそうです。
それでも戦後、はり灸を勉強しようとした先生たちは上野の国会図書館にたった一冊残っていた本を書き写して勉強したようで、まさに受難な時代だったようです。
こうした過去の先生たちの想像を絶する辛苦と涙ぐましい努力によって受け継がれてきたはり灸は、今現在全国に46校の養成機関として大学と専門学校があり、国家資格として国がその資格を守るまでになっています。
日本の歴史と同じくらい歴史のあるはり灸ですが、こうして振り返ってみると僕が鍼灸に携わるようになるまでにかなりの紆余曲折があったことがわかります。
そしてそれを受け継ぐことが出来た喜びと責任も強く感じざるを得ません。
その思いを胸に毎日一生懸命倦まず弛まず努力していきたいと思っています。
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