患者さんは80代男性。
3,4年ほど前から背中が痛くて方々の病院にかかったそうですが、どこに行っても「あなたの痛みの原因はわかりません。」と言われてしまい、困り果てて来院されました。
傷めた時の理由ははっきりしていて、重いダンボール箱を高いところの棚に載せようとした時だそうです。
症状は肩をひねるように動かすと突然背中(肩甲骨の周辺)が痛み出し、しばらくは3~4時間もその痛みが続くそうです。動かさなければ痛みはやがて引くようですが、杖をつかないと怖くて歩けないとおっしゃっています。夜間痛はないとのことでした。
背中を見せていただくと確かに右側の肩甲骨周囲が左に比べて異常に盛り上がっています。ちょっと触っただけでもかなり痛い様子で、皮膚に赤みはありませんが内部でなにかの炎症が起きていることは間違いなさそうです。
運動器に関してですが背中の上半分に出てくる痛みの原因は主に、
1.首も含めた脊椎(背骨)の問題か、
2.肋骨と肩甲骨周囲の問題ということになります。
今回の場合は肩を動かすと痛みが出ているわけですから脊椎よりも肋骨か肩甲骨の問題のほうが怪しいと判断できます。
ただし、検査では可能性を除去するために最初に頚椎の検査も行いました。結果は陰性、頚椎から来る痛みの可能性はほとんどありませんでした。
次に調べたのは肋骨ですが、ここに異常がある場合は大きく呼吸する動作か、腕を上げるなどの動作、もしくは胸郭を他人に左右もしくは前後から圧迫されると強い痛みが出てきます。すべて検査しましたがいずれも症状は出てきませんでした。
そして肩甲骨周辺ですが、肩甲骨は背中側と胸側の両面に筋肉が付着しています。背中から触られる筋肉は肩甲上神経が支配し、肩甲骨と肋骨の間に存在している筋肉(背中からは触ることができません)は肩甲下神経が支配しています。
肩甲上神経は肩甲骨周辺の骨の変形やガングリオンと呼ばれるデキものなどで圧迫されることがあります。こうなると肩甲骨についている筋肉が痩せて手が上げにくくなり、肩が重くなる症状が出てきます。左右差がはっきりしてくるので筋肉が落ちて細くなっているのが左右を比べるとよくわかります。
肩甲下神経が支配している筋肉は肋骨と肩甲骨に挟まれているのでここで炎症が起きることがあります。肩肋症候群などと呼ばれる滑膜炎は肩を回すと遠くにいる人にも聞こえるくらいの大きな音がします。じっとしていたり、寝ていると圧迫されやすいので痛み出す人が多いです。
読んでいてわかったと思いますが、肩甲骨周囲のこれらよくある疾患の症状とはあきらかにこの男性の症状は違っているようです。
実は肩甲骨の背中側にはもう一つ臨床上ポイントとなる神経が出てきます。
それを腋窩神経といいます。
この神経が背中側に出てくるところをquadrilateral spaceもしくはquadrangular space といいます。日本語にすると四辺形間隙。ここを起点に出てくる症候を四辺形間隙症候群quadrilateral space syndrome(QLSS)もしくはquadrangular space syndrome (QSS)と呼んでいます。
ここがなぜポイントかというと、肩を動かす際に必ず緊張する筋肉がこの四辺形を形成しており、この筋肉を傷めると筋肉が固くなり、ひいてはその間を通る神経を圧迫するようになるからです。
四辺形をつくる筋肉のうち、小円筋と大円筋は肩甲骨上にもうひとつの間隙(三角間隙Triangular space)をつくります。ここにも神経と血管が通るため、QLSSになっているひとはここにも症状があらわれている人が多いです。具体的にはその場所に強い圧痛(軽く触れただけでもものすごく痛がる)が出てきます。
小円筋は肩を外旋、大円筋は肩を内旋するときに緊張します。つまり肩をどちらに回しても使っているわけです。ですから、肩を傷めている人はほとんど言って良いほどこの筋肉が硬くなっています。
さて、この80代の男性もやはりここの筋肉が硬くなっていました。2つのポイントは最初に書いたようにともに背中側から軽く触れただけでも飛び上がるように痛がります。可動域を測る検査でも健側との有意差があり、その際に肩甲骨から腕の付け根に痛みも再現されました。ほぼこの症候と特定して良いと判断できました。
治療としてはこの筋肉の炎症と緊張を取ることが主目的となります。
この方の場合は初回の治療だけで痛みが完全に消失してしまい、お帰りの際に大事な杖を忘れて仕舞われました。後日いらした際のご本人の弁を借りれば、「からだがよっぽど軽くなってしまって、無くちゃ歩けなかったはずの杖をすっかり忘れて帰ってしまった」そうです。
このQLSSもしくはQSSはあまり知られた症候ではないのですが、僕は五十肩と診断されたかたの多くがこの症候による痛みを有していると感じています。
今後もこの症候の画像検査などを研究精査して皆さんのお役に立てるような診察技術向上に努めていきたいと思います。
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